大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)97号 判決

上告人

松野ミネ

右訴訟代理人

喜治栄一郎

被上告人

堀内実

被上告人

東和建設株式会社

右代表者

山田知芳

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人喜治榮一郎の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、首肯するに足り、右事実関係のもとにおいて、本件松原市上田七丁目一九三番の土地と同一九一番三の土地との境界は、原判決添付図面のロ、ハ、ヌの各点を順次直線で結んだ線であると確定し、右係争土地のうち、原判決添付図面のハ、ニ、ホ、ヌ、ハの各点を順次直線で結んだ範囲の土地につき亡松野末吉の時効取得を容認した原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

なお、職権により調査するに、原審の確定したところによれば、前記両土地の境界は、原判決添付図面のロ、ハ、ヌの各点を順次直線で結んだ線であるところ、同図面のハ、ニ、ホ、ヌ、ハの各点を順次直線で結んだ範囲の土地は、一九三番の土地の一部に該当し、亡松野末吉がこれを時効取得したうえ、同人所有の一九一番三の土地とともに第一審脱退被告木村俊一に売却し、更に被上告人(第一審引受参加人)堀内実が右木村からこれを買受け所有権を取得するに至つた、というのであるから、その結果、一九三番と一九一番三の両土地の前記ロ、ハ、ヌの各点を順次直線で結んだ境界線のうちの一部であるハ、ヌの各点を直線で結んだ線に相接する土地はいずれも被上告人堀内所有の土地となり、残存する上告人所有の一九三番の土地は右ハ、ヌの各点を直線で結んだ線には接していないことになるので、このような場合にもなお、右ハ、ヌ各点間の境界線を上告人と被上告人堀内との間で確定する必要があるのかが本件境界確定の訴えの適否という観点から一応問題となる。しかしながら、本件においては、公簿上、上告人を所有名義人とする一九三番の土地と被上告人堀内を所有名義人とする一九一番三の土地とは相隣接する関係にあり、かつ亡松野末吉により時効取得され、順次売買により被上告人堀内が所有権を取得するに至つた原判決添付図面のハ、ニ、ホ、ヌ、ハの各点を順次直線で結んだ範囲の土地は、右公簿上、地番の表示を一九三番とされ、依然上告人が所有者と公示されている土地の一部である。そして、右取得時効の成立する部分が、いかなる範囲でいずれの土地に属するかは、両土地の境界がどこにあるかが明確にされることにより定まる関係にあり、右時効取得の対象となつた土地部分を含めて上告人及び被上告人堀内がそれぞれ所有者として公示されている一九三番の土地と一九一番三の土地との境界が不明確なままでは、そのことに起因する紛争の抜本的な解決はありえないのであつて、たとえ本件訴訟において、取得時効の対象とされた一九三番の土地の一部を被上告人堀内においてその所有権を取得したことが上告人との間で明らかにされても、右土地部分を更に第三者に譲渡する場合には該土地部分を一九三番の土地から分筆して被上告人堀内に所有名義を変更したうえ、その所有権移転登記手続をする義務があり、右手続のためにも両土地の境界が明確にされていることが必要とされるのである。そうすると、上告人、被上告人堀内双方にとつて、一九三番の土地と一九一番三の土地の境界のうち、原判決添付図面のロ、ハの各点を結ぶ直線部分のほか、ハ、ヌの各点を結ぶ直線部分についても、境界の確定をする必要があり、上告人及び被上告人堀内は、本件境界確定の訴えにつき当事者としての資格があるものというべきである。

してみれば、訴えの適否を問題とすることなく、本件一九三番の土地と一九一番三の土地との境界を確定した原審の措置は相当というべきである。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(横井大三 伊藤正己 木戸口久治 安岡滿彦)

上告代理人喜治榮一郎の上告理由

第一、原判決に影響を及ぼすことが明らかな理由齟齬ないし理由不備の違法がある。

一、原判決は第一審判決と同様係争の一九三番の土地と一九一番三の土地との境界線は原判決別紙図面の(ロ)、(ハ)、(ヌ)の各点を直線で結んだ線であると判断した。この点に関する原判決の事実認定の誤まりは後述するとして、仮りに本件境界線が右認定のとおりであるとしても、同図面(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヌ)、(ハ)の各点を順次直線で囲んだ土地、いわゆる本件反訴土地は第一審原告の所有であるところ、これについて原判決は第一審判決同様訴外松野末吉の時効取得を容認した。

二、然して、右松野末吉が右反訴土地を時効取得をしたという理由については原判決は、同人が一九一番三の土地の売渡令書の交付を受けた昭和三二年五月二〇日(但し、これは原判決の推認であり、且つ一九一番三の土地が分筆される以前の日であつて、分筆の前に売渡しが行われる道理がないから、右推認は明らかに誤まりであるが)以来満一〇ケ年間善意・無過失にて占有を継続したというにある。然しながら仮りに同人のそのような占有が認められるとしても、右占有は各証拠から見て同地の全部または一部について同人と第一審原告の共同占有とみなされるべきであり、原判決が採用した甲第一四号証、同第一五号証ならびに検甲第一号証ないし同第五号証からだけでも当然に右結論が導出さるべきである。

三、すなわち右甲第一四号証は訴外松野十四男が従前の係争部分につき第一審原告と松野末吉の各占有状況を示したものであるが、これによれば第一審原告が原判決添付図面の(ロ)―(ハ)―(ニ)―(ホ)の線上にブロック塀を設置する以前は、同部分へ通行するための出入口が設けられており、第一審原告およびその家族が自由にその出入口を通過して松野末吉方を訪ねたり、(イ)―(ロ)線(甲一四号証では(イ)―(A)線)の出入口から東側公道に出ることができ、事実そのような状況にあつた。又松野末吉が植栽した庭木類は同号証によればほんの数本係争地の中央部幅二間足らずの範囲にわたつて植えられていたにすぎないことが判明する。

以上の事実は甲第一四号証のみによつても判定し得るところであるが、作成者の松野末吉の証言中同号証に関する説明部分を参酌すればなお明確である(同号証を判決の基礎としている以上同号証の作成者の関係部分の証言を無視することはできない筈である)。

四、さらに摘示の検甲第一号証ないし同第五号証の写真を検しても右松野末吉の植木植栽の部分はほんの一部であり、とくに検甲第三号証の写真を検すれば、右数本の木もその半数は幹半ばで切り取られ、原判決の表現する松野末吉の「前栽」(第一審)とか「裏庭」とかの文言は極めて不適切なものであることが判明する。

五、言うまでもなく、取得時効の要件たる「自主占有」は所有の意思を以てする他人の物の事実支配に外ならず、この事実支配は事柄の性質上排他性を有するものでなければならない筈である。従つて本件係争地に対する前記松野末吉の占有(それもその一部にすぎない)は第一審原告らの占有をも容認したものであること前述のとおりである以上右自主占有の要件を欠くものといわなければならない。原判決摘示の乙第一五号証の二に松野十四男が右係争部分を「道路敷地」と表現するのも、叙上の占有状況を端的に示したものと言い得る。

六、以上のとおりであるから、原判決が訴外松野末吉の時効取得を安易に認定したのは事実誤認も甚だしく、原判決援用の証拠からは理由不備ないし理由齟齬の違法があり、破棄を免れないのである。

第二、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背ないし重大な事実誤認がある。

一、さらに、原判決は第一審原告の係争部分に関する占有事実の主張、つまり第一審原告は同係争地の大部分を農作物の干場として利用して来たとする主張を排斥するについて、「右主張とその証拠申出は当審で始めてされたものであること」とか「本件係争地のすぐ南には松野末吉の家があり、本件係争地には木が数本あつたこと」や「日蔭となつて農作物を干すのに適切な場所とは思えないこと」等その理由として挙示するが、理由不備ないし重大な事実誤認である。

二、すなわち、右の第一審原告の占有事実の主張は、第二審で始めてなしたものではなく、第一審被告からの取得時効の主張がなされた直後これをなしておるので(第一番の原告第三準備書面御参照)、これは明らかに原判決の失態であつて、このことは判決全体の公正さを失うものといつても過言ではない。またこれに関する「証拠申出が当審で始めてなされた」とするのも全く合点のゆかぬ判断である。時効取得の抗弁はあくまで抗弁事項に属し、これを主張する側にこのような指摘をすることは兎も角、第一審原告に対してこれを言うのは、立証責任分配の法則さえ誤つているものと言える。

さらに第一審原告主張の本件係争部分を農作物の物干場に使用していたとする主張に対し、日蔭云々の判断は常理を逸脱したものである。このような干場は全日日照の場よりむしろ多少の日蔭が要求されるものとするのが経験則に副うもので、本件係争地が全くの日蔭となる箇所であればとも角、係争地の東西はもとより南部からも松野末吉の建物が高層のものでないことからかなり日照が望まれることが明らかである本件については全く当を得ない判断である(検甲第二号証等御参照)。

三、つぎに、原判決は松野末吉に売渡された土地72.11坪が実測面積であるとの第一審原告の主張に対し、松原町農業委員会は松野末吉の申請書の記載によつて、実際の面積の調査をしなかつたとするが、引用の乙第一五号証の九に証人長尾端嶺の証言を綜合すれば、右図面が不正確とは言え、同委員会が実測に及んだことは明白で、この際買受人たる松野末吉に対する立会要求ないし事情聴取が行なわれていることは推定に難くなく、そこに同人の悪意ないし過失が充分推認さるべきである。

四、以上のとおり原判決は取得時効に関する法の解釈ないし挙証責任分配の法理の適用を誤まり、且つ重大な事実誤認があつて、これらは判決に影響を及ぼすこと明白であるから、破棄を免れないものである。

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